声の出ないスナックの親父

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zoom RSS 食道発声(夢に向かって)

<<   作成日時 : 2007/04/23 22:15   >>

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「ことばは人間の持ち得る最大の道具である」とか、「人間はことばによって、考え、生き、
 社 会との関係をもち、また芸術をつくる」とか古来いわれています。
人間が社会生活を営んでゆくうえに、ことばの果たす役割は、想像以上に限りなく大きなもの であります。
この大切なはたらきを、下咽頭癌の病気のために失ってから、はや4年になる。
 ことばが言えない為に、人と人との付き合いその他が面倒になり、だんだんと孤独になり、
社会生活の外に置き忘れられてしまったような感じになり、 
俺自身のためにも、どうしても新しい声を生み出す為に、
 スタートからやり直すべき必要性が出てきた。
そして「ことばの教室」に通いだし三年と半年が経つ。
 今日、二週間ぶりに教室に行ったら、新入会員が入って来た。
この会員の人はまだ48歳である。教室内では一番若い人である。
 男としてこれからという時に大変だと思うが、第二の人生を、
ことばを発声することを覚えて、るべく早く社会復帰出来るよう頑張ってほしいと願う。
 そして私が勉強している中級の部屋に、先週二人、今日三人初級の部屋から上がって来た。急に中級の部屋が賑やかになって、活気が出て来た。
 発声を聞いてみると、原音発声の「あ」「お」「え」がなんとか出来、短期間のわりには、
しっかり発音が出来る状態である。(凄い事である)
 思い起こせば俺も最初の頃、「あ」は出たが、その後はなかなかでなっかた事を思い出す。
今もはっきりと、大きな声が出ないが、まあ半分位は通じるようになった気がする。
 誰でも手術後に、できるならば自分の力だけで、ものが云えたらと望みます。
いつどこででも、自分の力でしゃべるこが、出来るということは、
 身体障害者ということばを否定する、自信と勇気を生み出します。
病気を患う前は、空気や水のごとく、日頃はまったく意識していなかった大切な、
 のど(喉頭、咽頭)であったが、今、のど(声)を失ってみてはじめて、
俺をふくめ、喉摘者全員もの言えない悲しさ、この実感が胸に迫ります。
 いかに大切なのど(声)であっても、失ったものをいつまでも嘆いていても、
どうにもなりません、残ったもので再出発、再建していかなくてはなりません。
 決意を新たに、食道発声練習に励んで新しい声を習得しよう。
そして新たなバラ色の未来に向かって、つき進んでいこう。
 成功した時(話が出来るようになった時)は、喜びは人一倍だと思われます。
さー、ガンバッテ、ガンバッテ、さーヤルゾー〜。

          「  夢  」
 
   夢の     ある人には       希望がある
       希望の       ある人には      目標がある
   目標が    ある人には       計画がある
       計画が       ある人には      行動がある
   行動が    ある人には       実績がある
       実績が       ある人には      反省がある
   反省が    ある人には       進歩がある
       進歩が       ある人には      夢がある

        (どこかで、どこかのホームページに載っていた?)
 

 

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